當一首歌誕生時

#22 風波花

#22 風波花

 2015年。カワミツサヤカさんは、活動の拠点にしていた東京を離れ、帰省した。ソロで活動を続けながら「音楽を続けるかどうか」という葛藤のなか、心が晴れない日々を送っていた時期だった。

#22 風波花

 2015年。カワミツサヤカさんは、活動の拠点にしていた東京を離れ、帰省した。ソロで活動を続けながら「音楽を続けるかどうか」という葛藤のなか、心が晴れない日々を送っていた時期だった。

#21 オオゴマダラのおつかい

#21 オオゴマダラのおつかい

この曲の萌芽は2000年にさかのぼる。長年住んだ東京を離れ、帰郷していた年だった。ある朝、登校する子どもたちのそばを数匹のオオゴマダラが旋回するように飛んでいく姿を目にした。「東京にいた頃はオオゴマダラを知らなかった」と田本さん。その光景に心が奪われ、「曲をつくろう」という思いが自然に湧き上がった。

#21 オオゴマダラのおつかい

この曲の萌芽は2000年にさかのぼる。長年住んだ東京を離れ、帰郷していた年だった。ある朝、登校する子どもたちのそばを数匹のオオゴマダラが旋回するように飛んでいく姿を目にした。「東京にいた頃はオオゴマダラを知らなかった」と田本さん。その光景に心が奪われ、「曲をつくろう」という思いが自然に湧き上がった。

#20 ガジャンのうた

#20 ガジャンのうた

八重山古典音楽の師範だった祖父、大浜津呂氏が自宅で民謡研究所を開設していたこともあり、大濵さんは幼い頃から豊かな音楽環境下で育った。音楽への愛が自然と育ち、八重山高校から東京音楽大学器楽科(サクソフォーン専攻)に進学。卒業後は音楽教師の道を選んだ。

#20 ガジャンのうた

八重山古典音楽の師範だった祖父、大浜津呂氏が自宅で民謡研究所を開設していたこともあり、大濵さんは幼い頃から豊かな音楽環境下で育った。音楽への愛が自然と育ち、八重山高校から東京音楽大学器楽科(サクソフォーン専攻)に進学。卒業後は音楽教師の道を選んだ。

#18 日曜日

#18 日曜日

喜舎場英雄さん(石垣市出身。ギター)と具志堅陽子さん(同。ギター&ボーカル)は東京時代、ライブハウス「渋谷アピア」に出演していたことが縁でユニットを組むようになった。

#18 日曜日

喜舎場英雄さん(石垣市出身。ギター)と具志堅陽子さん(同。ギター&ボーカル)は東京時代、ライブハウス「渋谷アピア」に出演していたことが縁でユニットを組むようになった。

#17 やいま

#17 やいま

八重山地方の情歌『とぅばらーま』の代表的な歌詞に「やま みりば やいま ゆ うむいいだし うみ みりば まりじぃま うむいいだし」というのがある。島を出た八重山出身者が、郷愁や望郷の心情を歌っている。

#17 やいま

八重山地方の情歌『とぅばらーま』の代表的な歌詞に「やま みりば やいま ゆ うむいいだし うみ みりば まりじぃま うむいいだし」というのがある。島を出た八重山出身者が、郷愁や望郷の心情を歌っている。

#9 六月の祈り ~ウムイ~

#9 六月祈禱 ~Umui~

在沖繩縣,6月23日被指定為“陣亡將士紀念日”,縣內各學校都會在當月開展各自的和平教育活動。 「六月祈禱·嗚嗚」正是與和平教育息息相關。 16年前,浦崎在黑島小學和初中任教。由於一位教職員的祖母是姬百合學生隊的倖存者,學校決定邀請她作為和平教育計畫的一部分,講述自己的戰爭經歷。校長建議時任副校長的浦崎為這次活動創作一首歌曲。

#9 六月祈禱 ~Umui~

在沖繩縣,6月23日被指定為“陣亡將士紀念日”,縣內各學校都會在當月開展各自的和平教育活動。 「六月祈禱·嗚嗚」正是與和平教育息息相關。 16年前,浦崎在黑島小學和初中任教。由於一位教職員的祖母是姬百合學生隊的倖存者,學校決定邀請她作為和平教育計畫的一部分,講述自己的戰爭經歷。校長建議時任副校長的浦崎為這次活動創作一首歌曲。