歌が生まれる時

#18 日曜日

#喜舎場英雄  #志堅陽子  #歌が生まれる時  text & photo: Osamu Shimajiri 
#18 日曜日

喜舎場英雄さん(石垣市出身。ギター)と具志堅陽子さん(同。ギター&ボーカル)は東京時代、ライブハウス「渋谷アピア」に出演していたことが縁でユニットを組むよう
になった。

2000 年代前半に帰郷後、2人は「ぴらつかるてっと」、沖縄本島の「サノバロック」バンドなどに参加。 「ぴらつかるてっと」は2013年、石垣市在住の石垣英直さん(ドラム)、今村光男さん(ベース)らとCDアルバム(全11 曲収録)をアピアとの共同制作で発売。具志堅さんは21 年、HEATWAVE の山口洋さんプロデュースで「G.YOKO」としてアルバムをリリースしている。 

「南の島の貝の声」と山口さんから評された具志堅さんの繊細な歌声は、海と風の音、島の息づかいが感じられる音楽的創造空間だ。俳人だった父の影響を受け幼い頃から詩を書いていたことが、後の音楽へとつながる種となったようだ。 喜舎場さんは石垣島の高校を卒業後、都内でギター講師として活動し、石垣島に戻った後は、コンデショングリーンの神鬼さんに師事、演奏の幅を広げた。 具志堅さんとのユニットでは「パターンにこだわらずに即興的な音づくりを心掛けている」と言う。具志堅さんのほうは「(喜舎場さんのギターは)私が曲づくりの時にイメージしていたこと、ほしかったものを音で表現してくれる」と信頼を寄せている。

 ロックスタイルの他、幅広い表現がある中、最近はギター2本だけのシンプルな構成での音楽の空間を楽しんでいる。


Words and Music by

 

具志堅陽子

20 代前半から東京で音楽活動を開始。帰郷後は「ぴらつかるてっと」「サノバロック」バンドに参加。「G.YOKO 」の歌はhttp:/yadokarythm.com/から聴ける。

喜舎場英雄

高校卒業後、東京アン・ミュージック・スクールへ入学、卒業を経てカワイ・ミュージックスクールでギター講師。現在はジャズギタリストとしての活動を中心に「ぴらつかるてっと」「MTKBOYS(マカチョーケーボーイズ)」「ブッチャーズ」「サノバロック」など多数のバンドに参加。

  • #18 日曜日

    #18 日曜日

    喜舎場英雄さん(石垣市出身。ギター)と具志堅陽子さん(同。ギター&ボーカル)は東京時代、ライブハウス「渋谷アピア」に出演していたことが縁でユニットを組むようになった。

    #18 日曜日

    喜舎場英雄さん(石垣市出身。ギター)と具志堅陽子さん(同。ギター&ボーカル)は東京時代、ライブハウス「渋谷アピア」に出演していたことが縁でユニットを組むようになった。

  • #17 やいま

    #17 やいま

    八重山地方の情歌『とぅばらーま』の代表的な歌詞に「やま みりば やいま ゆ うむいいだし うみ みりば まりじぃま うむいいだし」というのがある。島を出た八重山出身者が、郷愁や望郷の心情を歌っている。

    #17 やいま

    八重山地方の情歌『とぅばらーま』の代表的な歌詞に「やま みりば やいま ゆ うむいいだし うみ みりば まりじぃま うむいいだし」というのがある。島を出た八重山出身者が、郷愁や望郷の心情を歌っている。

  • #16 幸せ

    #16 幸せ

    この歌は2005年、沖縄市で開催された第7回コザ音楽祭(主催・沖縄ロック協会)に、4人編成のバンド「チョコプレ」で出場し、見事グランプリに輝いた受賞曲である。

    #16 幸せ

    この歌は2005年、沖縄市で開催された第7回コザ音楽祭(主催・沖縄ロック協会)に、4人編成のバンド「チョコプレ」で出場し、見事グランプリに輝いた受賞曲である。

  • #15 軽トラックかりて

    #15 軽トラックかりて

     小浜島のシュガーロード。両側にサトウキビ畑が広がるまっすぐに伸びた坂道で、この道を走行する軽トラックが2003年に発表された楽曲『軽トラックかりて』の源泉になっている。 ある時「ポっという感じだった」と、曲が産声を上げた瞬間を振り返る。歩きながらハミングするような、自然の流れで生まれたという。

    #15 軽トラックかりて

     小浜島のシュガーロード。両側にサトウキビ畑が広がるまっすぐに伸びた坂道で、この道を走行する軽トラックが2003年に発表された楽曲『軽トラックかりて』の源泉になっている。 ある時「ポっという感じだった」と、曲が産声を上げた瞬間を振り返る。歩きながらハミングするような、自然の流れで生まれたという。

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